実は明治時代にもあった皇室の婚姻スキャンダル 社会学的皇室ウォッチング!/62 成城大教授・森暢平 小室圭

実は明治時代にもあった皇室の婚姻スキャンダル 社会学的皇室ウォッチング!/62 成城大教授・森暢平
2/6(月) 16:44配信
サンデー毎日×週刊エコノミストOnline
https://news.yahoo.co.jp/articles/20b90e73d3ab5b22dad38f290459d00deb145e30

(前略)
女性皇族の婚約相手のスキャンダルは、実は明治時代にも存在した。1908(明治41)年に発覚した北白川宮武子女王の婚約者藤堂高紹(とうどうたかつぐ)の「重婚問題」である。

 北白川宮能久(よしひさ)親王の三女武子は当時18歳で学習院女学部専修科(国文科)の3年生。成績優秀と評判だった。その婚約相手が高紹だ。藤堂家は旧伊勢国(現在は主に三重県)津藩の藩主家。高紹は5歳のとき、父を亡くし若き当主となった。

(中略)
 高紹がメディアの餌食(えじき)となり世間の糾弾を浴びる構図は、何やら小室さんに似ている。異なるのは高紹は恋を断念し、小室さんは恋を成就させた点である。高紹がもし英国に戻り、エリーナとの恋を実らせていたら、恋物語は美談となり語り継がれていたはずだ。
(後略)



は?小室家、小室圭氏のどこが藤堂家その2)と似てるって?

男をとっかえひっかえしてはカネをせびっていた女の家庭とは全然違うわ

穢らわしい。お前なんかと一緒にするな。ふざけるなよ。

藤堂家を引用したら許さねーぞ。くたばれ皇賊と皇室利権ども。

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