「日本に来る機会があれば…」と述べられた秋篠宮さま 「初孫との面会」が実現しない理由
「日本に来る機会があれば…」と述べられた秋篠宮さま 「初孫との面会」が実現しない理由
2025年12月11日
週刊新潮
https://www.dailyshincho.jp/article/2025/12110950/
全2回(前編/後編)の前編】
先月30日に60歳となられた秋篠宮さまは、これに先立ち恒例の記者会見に臨まれた。折しも、今年はご成婚35年の節目。会見では、紀子妃をはじめご家族への言及もなされたのだが、一方で「喫緊の課題」については、いつになく踏み込んだお言葉を発せられていた。
***
ご当主が還暦を迎えられた秋篠宮邸はその日、慌ただしさに包まれていた。
「午前10時ごろ、愛子さまがお祝いを述べにお成りになり、赤坂御用地の西門を通って宮邸に向かわれました。...
「午前10時ごろ、愛子さまがお祝いを述べにお成りになり、赤坂御用地の西門を通って宮邸に向かわれました。その1時間ほど後、秋篠宮さまは天皇・皇后両陛下へのごあいさつのため皇居をご訪問。半蔵門を通過される際には車の窓を開けて沿道の人々に会釈されていました。秋篠宮さまは続いて仙洞御所も訪ねられ、上皇ご夫妻にごあいさつなさっています」(宮内庁担当記者)
その5日前の25日、宮邸に隣接する赤坂東邸では、午前10時からお誕生日会見が開かれていた。
「われわれ記者会は前もって五つの質問を提出していました。秋篠宮さまは毎年、お手元にメモなどを用意なさらずにご発言されるので、5問に含まれる細かい設問を一つひとつ記者が口頭で繰り返し、それにお答えになる形で進みました」(同)
とのことで、
「最初の質問で『還暦を迎えられたご感想』について尋ねたところ、秋篠宮さまは『時間というのは連続しているものと認識している』と仰り、『還暦と言われても干支(かんし)が一巡したんだなということと、そういう年齢になったんだなという感想があるくらい』とだけお答えになったのです」(同)
〈わがままな夫をよく支えてくれていて、感謝しています〉
かつて2020年2月、還暦を迎えられた天皇陛下は、やはりお誕生日会見でそのご感想について尋ねられ、
〈もう還暦ではなく、まだ還暦という思いでおります〉
と、きわめて含蓄に富んだご回答をされ、併せてご自身の過ごされた60年を回想なさっていた。さる皇室ジャーナリストは、
「今回の秋篠宮さまのご回答は“単なる通過点”でしかないという、淡々としたものでした。数字で区切ることに、さほど意味を見いだされておられないのでしょう。実際に1985年、ご自身が成年となられた際にも『大学に在学中なので大きな区切りとは受け止めていない』と仰っていたくらいです」
それでも、今年ご成婚35周年を迎えられるにあたり、共に歩まれてきた紀子妃については、
〈このわがままな夫をよく支えてくれていて、感謝しています〉
そうご回答。現在は週末に散歩をご一緒されて運動不足を解消なさっているといい、先頃お二人で日光を旅されたことなども明かされていた。さらに、
「悠仁さまのご様子についても、宮邸とつくばとの“二重生活”を送られる中で、自炊をなさっていると仰っていました。宮邸の庭で採れた野菜を使ってポテトサラダを作られたり、栗ご飯の写真を送ってこられたりといったエピソードも披露なさっていました」(前出の記者)
「日本に来る機会があれば、ぜひ会いたい」
ご家族についての質疑では、今年ニューヨークで出産した長女の眞子さんについても触れられ、
「出産の一報をお聞きになった時には『とてもうれしい気持ちになった』としながらも『同時に、おじいさんになったんだなという、そんな若干複雑な思いも』などと吐露されていました。その上で、眞子さんについて『もし日本に来る機会があれば、ぜひ会いたい』と述べられていた。これは9月、紀子さまが59歳のお誕生日の際に文書で『よいタイミングで日本を訪れてくれたら』と回答なさった内容と呼応しています」(前出の記者)
もっとも、秋篠宮家の事情に通じる関係者は、
「ご夫妻がいくら呼びかけられたところで、日本で激しいバッシングに遭った経緯もあり、眞子さんは現在、全く帰国を希望していません。まして孫を連れて宮邸に行くとなれば、再び好奇の目にさらされるのは必至。実現の可能性は極めて低いと言わざるを得ません」
というのだ。
「“さすがに限界”という秋篠宮さまのメッセージ」 異例の“公的活動を減らすしかない”ご発言の真意
12/11(木) 10:51配信
デイリー新潮
https://news.yahoo.co.jp/articles/9ed950d87bd74db728fa31c0c81e41ae310aefda
【前後編の後編/前編からの続き】
先月30日に60歳となられた秋篠宮さまは、これに先立ち恒例の記者会見に臨まれた。折しも、今年はご成婚35年の節目。会見では、紀子妃をはじめご家族への言及もなされたのだが、一方で「喫緊の課題」については、いつになく踏み込んだお言葉を発せられていた。
***
前編では、秋篠宮ご夫妻の「初孫との面会」が難しい理由について報じた。
会見でひときわ注目されたのは、以下のくだりであった。
「われわれは、秋篠宮さまが昨年の会見で用いられた『生身の人間』というフレーズについて尋ねました」
とは、宮内庁担当記者。秋篠宮さまは昨年、皇族数確保に関する与野党協議で議論されている「女性皇族が婚姻後も皇室に残る」案について、「当事者のご意見を聴取する機会が必要とお考えか」と尋ねられた。これに対し、
〈該当する皇族は生身の人間〉
そう明言され、当事者であられる女性皇族やその親族のお考えを、宮内庁の幹部らは理解しておく必要があると述べられていた。
「佳子さまのお立場を念頭に置かれたご回答であるのは明白でした。幼い頃から『結婚したら皇室を出て一般人になる』ことを前提にお育てになってきたのに、今になって将来がどうなるか分からない、いわば宙ぶらりんの状態が続き、佳子さまは昨年末に30歳を迎えられている。女性皇族の人生を左右しかねない制度変更であるにもかかわらず、ご当人のお考えを踏まえた法制化を検討しようとしない政府に、思うところを述べられたのです」(同)
そして、今年の会見では、
「われわれが、『その後、状況の変化は』と問うたところ、秋篠宮さまは『何か目に見える変化があったかというと、それはないと思います』。続けて『今後、公的活動の担い手が減ることが想定されるが』との質問には、担い手が減ってきているのは間違いないとされながら、『その状況を変えるのは、今のシステムではできません。いかんともし難いことだと思います』と述べられたのです」(同)
続けて秋篠宮さまは、
〈やはり、全体的な公的な活動の規模を縮小するしか、今はないのではないかと思います〉
そう口にされたのだった。
「“さすがに限界”という秋篠宮さまのメッセージ」
さる宮内庁関係者が言う。
「秋篠宮さまは2年前の会見でも、公的ご活動について『何らかの見直しが必要』と述べられ、また昨年も『活動量を少し抑えるのなら、夫婦単位であれば一人ずつ行くとか、そういう工夫はできるのでは』などと仰っていた。ご活動の見直しは持論でもあったわけですが、今回はそこから一歩踏み込まれ、規模縮小にまで言及なさったのです」
皇族のご発言としては極めて異例で、
「遅々として進まない国会の議論にしびれを切らした挙げ句、発せられたお言葉だったといえます」(同)
象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉准教授は、
「今回の“公的活動を減らすしかない”というご回答は、大変厳しいお言葉だと感じました」
としながら、
「いつまでたっても議論を進めようとしない政治家、ひいては政府に対する、“これまで通り活動してくださいと言われても、さすがに限界です”という秋篠宮さまのメッセージでしょう。すでに秋篠宮さまは、ご不満を通り越して諦めのお気持ちに達しておられるのではないかと推察します」(同)
「女性皇族が皇室に残る案が制度化されたとしても……」
政府の有識者会議がまとめた「皇位継承策」が国会に提出されたのは22年1月。現在は、一昨年10月に就任した額賀福志郎衆院議長を中心に与野党協議が続けられている。それでも、前述の「女性皇族が婚姻後も皇室に残る」、そして「旧宮家の男系男子を養子で迎える」との2案とも各党間で見解の隔たりが大きく、延び延びとなった意見集約は来年以降に持ち越されることとなった。
すなわち秋篠宮さまの仰る「いかんともし難い」状況が続いているわけである。議論を主導してきた額賀議長に問うと、
「(秋篠宮さまの会見の)全文を把握していないので、コメントできません」
と話すのみ。いずれにせよ一朝一夕にはまとまりそうにないのだが、皇室解説者の山下晋司氏は、
「女性皇族が婚姻後も皇室に残る案が制度化されたとしても、残られるかどうかは現行制度で成長された佳子内親王殿下のご意思が尊重されることになるでしょう。そして、その選択の責任はご自身が背負われることになります。秋篠宮殿下は、そうした心配もされているのだと思います」
“あのような事態を二度と引き起こしてはならない”
“当事者”であられる佳子さまについて今回、秋篠宮さまは次のように述べられていた。
「佳子さまのご結婚については、特に話し合われていることはないとのことでした。一方で『生身の悠仁さまや佳子さまを守ることについてどのようにお考えか』と問われると、『結婚のこととか大切なことについての情報管理はしっかりと行っていかないといけない』『そのためにどうするかを考えるのは私たち親の役目』とお答えになっていた。慶事の際のメディア対策とともに、親として“お相手”の情報を把握しておく必要があるというお考えを示されたわけです」(前出の記者)
武蔵大学の千田有紀教授(家族社会学)が言う。
「眞子さんの結婚に際して秋篠宮さまは、一連の小室さんの問題が発覚するまで“自分たちの問題だから自分たちで考えて進めなさい”といったスタンスでいらっしゃいました。そうした“放任主義”が秋篠宮家の伝統だったといえますが、今回は秋篠宮さまのお気持ちの中で“あのような事態を二度と引き起こしてはならない”という、大きな転換があったことがうかがえます」
来年の新年一般参賀には、悠仁さまが初めて出席される予定である。皇嗣家にとって、どのような一年となるのだろうか。
前編では、秋篠宮ご夫妻の「初孫との面会」が難しい理由について報じている。
「週刊新潮」2025年12月11日号 掲載
「あのような事態を二度と引き起こしてはならない」って、あのような事態を引き起こしたのは、当人たちもさることながら、アナタでしょ。
だから「今を機会に日本人を不幸にする憲法第1条を廃止し、きれいな物だけ国立施設で永久保管することとし、天皇制を完全永久廃絶し、期限を区切って制度設計に入り、速やかに大統領制に移行しましょう」と謙虚な気持ちでお勧めしているところです。
皇族と国民の両方を幸せにして、良い日本を作ろう!(笑)
2025年12月11日
週刊新潮
https://www.dailyshincho.jp/article/2025/12110950/
全2回(前編/後編)の前編】
先月30日に60歳となられた秋篠宮さまは、これに先立ち恒例の記者会見に臨まれた。折しも、今年はご成婚35年の節目。会見では、紀子妃をはじめご家族への言及もなされたのだが、一方で「喫緊の課題」については、いつになく踏み込んだお言葉を発せられていた。
***
ご当主が還暦を迎えられた秋篠宮邸はその日、慌ただしさに包まれていた。
「午前10時ごろ、愛子さまがお祝いを述べにお成りになり、赤坂御用地の西門を通って宮邸に向かわれました。...
「午前10時ごろ、愛子さまがお祝いを述べにお成りになり、赤坂御用地の西門を通って宮邸に向かわれました。その1時間ほど後、秋篠宮さまは天皇・皇后両陛下へのごあいさつのため皇居をご訪問。半蔵門を通過される際には車の窓を開けて沿道の人々に会釈されていました。秋篠宮さまは続いて仙洞御所も訪ねられ、上皇ご夫妻にごあいさつなさっています」(宮内庁担当記者)
その5日前の25日、宮邸に隣接する赤坂東邸では、午前10時からお誕生日会見が開かれていた。
「われわれ記者会は前もって五つの質問を提出していました。秋篠宮さまは毎年、お手元にメモなどを用意なさらずにご発言されるので、5問に含まれる細かい設問を一つひとつ記者が口頭で繰り返し、それにお答えになる形で進みました」(同)
とのことで、
「最初の質問で『還暦を迎えられたご感想』について尋ねたところ、秋篠宮さまは『時間というのは連続しているものと認識している』と仰り、『還暦と言われても干支(かんし)が一巡したんだなということと、そういう年齢になったんだなという感想があるくらい』とだけお答えになったのです」(同)
〈わがままな夫をよく支えてくれていて、感謝しています〉
かつて2020年2月、還暦を迎えられた天皇陛下は、やはりお誕生日会見でそのご感想について尋ねられ、
〈もう還暦ではなく、まだ還暦という思いでおります〉
と、きわめて含蓄に富んだご回答をされ、併せてご自身の過ごされた60年を回想なさっていた。さる皇室ジャーナリストは、
「今回の秋篠宮さまのご回答は“単なる通過点”でしかないという、淡々としたものでした。数字で区切ることに、さほど意味を見いだされておられないのでしょう。実際に1985年、ご自身が成年となられた際にも『大学に在学中なので大きな区切りとは受け止めていない』と仰っていたくらいです」
それでも、今年ご成婚35周年を迎えられるにあたり、共に歩まれてきた紀子妃については、
〈このわがままな夫をよく支えてくれていて、感謝しています〉
そうご回答。現在は週末に散歩をご一緒されて運動不足を解消なさっているといい、先頃お二人で日光を旅されたことなども明かされていた。さらに、
「悠仁さまのご様子についても、宮邸とつくばとの“二重生活”を送られる中で、自炊をなさっていると仰っていました。宮邸の庭で採れた野菜を使ってポテトサラダを作られたり、栗ご飯の写真を送ってこられたりといったエピソードも披露なさっていました」(前出の記者)
「日本に来る機会があれば、ぜひ会いたい」
ご家族についての質疑では、今年ニューヨークで出産した長女の眞子さんについても触れられ、
「出産の一報をお聞きになった時には『とてもうれしい気持ちになった』としながらも『同時に、おじいさんになったんだなという、そんな若干複雑な思いも』などと吐露されていました。その上で、眞子さんについて『もし日本に来る機会があれば、ぜひ会いたい』と述べられていた。これは9月、紀子さまが59歳のお誕生日の際に文書で『よいタイミングで日本を訪れてくれたら』と回答なさった内容と呼応しています」(前出の記者)
もっとも、秋篠宮家の事情に通じる関係者は、
「ご夫妻がいくら呼びかけられたところで、日本で激しいバッシングに遭った経緯もあり、眞子さんは現在、全く帰国を希望していません。まして孫を連れて宮邸に行くとなれば、再び好奇の目にさらされるのは必至。実現の可能性は極めて低いと言わざるを得ません」
というのだ。
「“さすがに限界”という秋篠宮さまのメッセージ」 異例の“公的活動を減らすしかない”ご発言の真意
12/11(木) 10:51配信
デイリー新潮
https://news.yahoo.co.jp/articles/9ed950d87bd74db728fa31c0c81e41ae310aefda
【前後編の後編/前編からの続き】
先月30日に60歳となられた秋篠宮さまは、これに先立ち恒例の記者会見に臨まれた。折しも、今年はご成婚35年の節目。会見では、紀子妃をはじめご家族への言及もなされたのだが、一方で「喫緊の課題」については、いつになく踏み込んだお言葉を発せられていた。
***
前編では、秋篠宮ご夫妻の「初孫との面会」が難しい理由について報じた。
会見でひときわ注目されたのは、以下のくだりであった。
「われわれは、秋篠宮さまが昨年の会見で用いられた『生身の人間』というフレーズについて尋ねました」
とは、宮内庁担当記者。秋篠宮さまは昨年、皇族数確保に関する与野党協議で議論されている「女性皇族が婚姻後も皇室に残る」案について、「当事者のご意見を聴取する機会が必要とお考えか」と尋ねられた。これに対し、
〈該当する皇族は生身の人間〉
そう明言され、当事者であられる女性皇族やその親族のお考えを、宮内庁の幹部らは理解しておく必要があると述べられていた。
「佳子さまのお立場を念頭に置かれたご回答であるのは明白でした。幼い頃から『結婚したら皇室を出て一般人になる』ことを前提にお育てになってきたのに、今になって将来がどうなるか分からない、いわば宙ぶらりんの状態が続き、佳子さまは昨年末に30歳を迎えられている。女性皇族の人生を左右しかねない制度変更であるにもかかわらず、ご当人のお考えを踏まえた法制化を検討しようとしない政府に、思うところを述べられたのです」(同)
そして、今年の会見では、
「われわれが、『その後、状況の変化は』と問うたところ、秋篠宮さまは『何か目に見える変化があったかというと、それはないと思います』。続けて『今後、公的活動の担い手が減ることが想定されるが』との質問には、担い手が減ってきているのは間違いないとされながら、『その状況を変えるのは、今のシステムではできません。いかんともし難いことだと思います』と述べられたのです」(同)
続けて秋篠宮さまは、
〈やはり、全体的な公的な活動の規模を縮小するしか、今はないのではないかと思います〉
そう口にされたのだった。
「“さすがに限界”という秋篠宮さまのメッセージ」
さる宮内庁関係者が言う。
「秋篠宮さまは2年前の会見でも、公的ご活動について『何らかの見直しが必要』と述べられ、また昨年も『活動量を少し抑えるのなら、夫婦単位であれば一人ずつ行くとか、そういう工夫はできるのでは』などと仰っていた。ご活動の見直しは持論でもあったわけですが、今回はそこから一歩踏み込まれ、規模縮小にまで言及なさったのです」
皇族のご発言としては極めて異例で、
「遅々として進まない国会の議論にしびれを切らした挙げ句、発せられたお言葉だったといえます」(同)
象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉准教授は、
「今回の“公的活動を減らすしかない”というご回答は、大変厳しいお言葉だと感じました」
としながら、
「いつまでたっても議論を進めようとしない政治家、ひいては政府に対する、“これまで通り活動してくださいと言われても、さすがに限界です”という秋篠宮さまのメッセージでしょう。すでに秋篠宮さまは、ご不満を通り越して諦めのお気持ちに達しておられるのではないかと推察します」(同)
「女性皇族が皇室に残る案が制度化されたとしても……」
政府の有識者会議がまとめた「皇位継承策」が国会に提出されたのは22年1月。現在は、一昨年10月に就任した額賀福志郎衆院議長を中心に与野党協議が続けられている。それでも、前述の「女性皇族が婚姻後も皇室に残る」、そして「旧宮家の男系男子を養子で迎える」との2案とも各党間で見解の隔たりが大きく、延び延びとなった意見集約は来年以降に持ち越されることとなった。
すなわち秋篠宮さまの仰る「いかんともし難い」状況が続いているわけである。議論を主導してきた額賀議長に問うと、
「(秋篠宮さまの会見の)全文を把握していないので、コメントできません」
と話すのみ。いずれにせよ一朝一夕にはまとまりそうにないのだが、皇室解説者の山下晋司氏は、
「女性皇族が婚姻後も皇室に残る案が制度化されたとしても、残られるかどうかは現行制度で成長された佳子内親王殿下のご意思が尊重されることになるでしょう。そして、その選択の責任はご自身が背負われることになります。秋篠宮殿下は、そうした心配もされているのだと思います」
“あのような事態を二度と引き起こしてはならない”
“当事者”であられる佳子さまについて今回、秋篠宮さまは次のように述べられていた。
「佳子さまのご結婚については、特に話し合われていることはないとのことでした。一方で『生身の悠仁さまや佳子さまを守ることについてどのようにお考えか』と問われると、『結婚のこととか大切なことについての情報管理はしっかりと行っていかないといけない』『そのためにどうするかを考えるのは私たち親の役目』とお答えになっていた。慶事の際のメディア対策とともに、親として“お相手”の情報を把握しておく必要があるというお考えを示されたわけです」(前出の記者)
武蔵大学の千田有紀教授(家族社会学)が言う。
「眞子さんの結婚に際して秋篠宮さまは、一連の小室さんの問題が発覚するまで“自分たちの問題だから自分たちで考えて進めなさい”といったスタンスでいらっしゃいました。そうした“放任主義”が秋篠宮家の伝統だったといえますが、今回は秋篠宮さまのお気持ちの中で“あのような事態を二度と引き起こしてはならない”という、大きな転換があったことがうかがえます」
来年の新年一般参賀には、悠仁さまが初めて出席される予定である。皇嗣家にとって、どのような一年となるのだろうか。
前編では、秋篠宮ご夫妻の「初孫との面会」が難しい理由について報じている。
「週刊新潮」2025年12月11日号 掲載
「あのような事態を二度と引き起こしてはならない」って、あのような事態を引き起こしたのは、当人たちもさることながら、アナタでしょ。
だから「今を機会に日本人を不幸にする憲法第1条を廃止し、きれいな物だけ国立施設で永久保管することとし、天皇制を完全永久廃絶し、期限を区切って制度設計に入り、速やかに大統領制に移行しましょう」と謙虚な気持ちでお勧めしているところです。
皇族と国民の両方を幸せにして、良い日本を作ろう!(笑)
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