高市政権が「先送りできない課題」とする皇位継承問題!早急でも「安易に」考えてはいけない理由/倉山満
高市政権が「先送りできない課題」とする皇位継承問題!早急でも「安易に」考えてはいけない理由/倉山満
2/27(金) 19:46配信
週刊SPA!
https://news.yahoo.co.jp/articles/bf3934c6b5990d6a289764b6a18befaddf452c84?page=1
高市早苗首相は2月27日の衆院予算委員会で、皇位継承は「男系男子に限るのが適切」であり、「先送りできない喫緊の課題」との認識を示した。その姿勢を歓迎しつつ、「皇室の在り方を一時の民意や短絡的な多数決で決めてはならない。令和の今こそ、継承の問題を歴史と先例に照して慎重に議論すべきだ」と語るのは皇室史家の倉山満氏だ。女系天皇や側室導入といった制度設計がもたらす危険性を、歴史的事実と法思想の観点から検証し、皇室という国家の根幹をどう守るかを倉山満氏が寄稿してくれた――(以下、皇室史家・倉山満氏による寄稿)
皇室は「一時の多数決」で決めてはならない
高市早苗首相が、皇室典範改正に意欲的だそうだ。歓迎する。国会での与野党合意がまとまれば、早急に可能だろう。皇位継承問題では、「わかっていない世論」に対し、政界の大多数は大人の議論をしている。
一部の政党や政治家は「アンケートの結果で、次の天皇を決めよう」などと言い出している(選挙ですらない)。しかし、今や衆議院で5名強の、参議院でも15名強の超少数派が何を言おうが、「わかっていない人たち」の議論として白眼視されている。
馬の耳に念仏を唱えよう。選挙や議会での多数決に基づく近代法の前提は、「先例にとらわれず一時の多数で決めて良い。間違ったら、また変えれば良い」である。しかし、この原則は、どこの民主国でも修正されている。フランス革命の際、一回の投票で王様を処刑して取り返しがつかない悲劇が起きた。だから多数決一辺倒ではなく、慣習や先例などの不文法も尊重するのが文明国の法思想だ。たとえば、どこの国でも「少数派に一定の発言権を与える」が議会慣習である。成文法になっていようがいまいが、守られる原則だ。
その時点で合理的と思われることでも、間違っているかもしれない。だから歴史に学ぼうとの姿勢だ。今の多数派は、歴史の中では少数派にすぎない。この考え方を「死者の民主主義」と呼ぶ。未来の事はわからないから、歴史の中に先例を探す。
「女系天皇」という名の皇位簒奪計画
この「死者の民主主義」を最も体現しているのが、我が皇室である。皇室においては、先例を杓子定規に再現しない。考えなしに適用するなら成文法で宜しい。皇室においては、常に吉例を探す。吉例とは、伝統が続いてきた証である。一時の理性よりも歴史や伝統を尊重してきたから、皇室は続いてきた。
何も知らないで聞くと尤もらしい主張が、「側室無しで男系継承は続かないに決まっている。だから、今の内に制度設計をしておかねばならない」である。その制度が「女系天皇」だそうで。
この手の設計主義者が唱える「女系天皇」とは、女性皇族をパンピーの男と結婚させて、その子供を天皇にしようとの謀略である。要するに皇位簒奪計画にほかならない。パンピーの男を皇族にして誰でも天皇になれるようにして済むなら、苦労しない。
皇統保守派の中にも、「女性皇族の配偶者と子供を皇族にすると女系天皇につながる恐れがある」と勘違いしている人がいる。恐れがあるから問題なのではなくて、その時点で国体の毀損だから大問題なのだ。
女系にすれば続くという幻想
蘇我藤原の時代以来、如何なる権力者も、パンピーの男は一人も皇族になれなかった。女系派は「皇族と結婚したら女は皇族になれるのだから、男もなれない理屈はない」と軽く言ってくれるが、それをやったら日本の歴史の全否定になる。
では、女系天皇制にすれば、続くのか? 絶対に子供が生まれる技術はない。皇室が世襲を前提としている以上、皇位継承は常に不安定なのだ。
今までずっとそうだった。それでも続けてきた。これを続けたいか、続けたくないか。皇室の価値を理解しないで議論しようとするから、政界で相手にされないのである。
証拠を見せよう(※図)。誠仁親王が践祚寸前に急死しなければ、十四世連続父子継承できていた。長い皇室の歴史では、こういうこともあるのだ。この間、後陽成、後水尾、霊元、中御門の各天皇は、それぞれ25、34、32、14人の子宝に恵まれた。
しかし、桜町天皇から皇位継承は不安定になる。中御門天皇の直系は後桃園天皇で絶え、閑院宮家から東山天皇の曾孫の光格天皇を迎え、皇統は続いた。光格天皇は今の皇室の直系の祖である。その後も皇位の不安定継承が続き、二人以上の男の子が成長できたのは、光格天皇の玄孫の大正天皇まで待たねばならない。
歴史が証明する継承の不安定さ
繰り返すが、昔も今も、そして未来でも、絶対に子供が生まれる技術など無い。それでも神武天皇の伝説以来二千六百年以上続いたこの伝統を続けようと、その時代その時代で努力してきた。
側室は幼児死亡率が高い時代の産物にすぎない。多くの子宝に恵まれた時代もあったが、側室が何人いても子どもが生まれない天皇もいた。光格天皇は17人の子供に恵まれたが、20歳まで生きられたのが後継者の仁孝天皇ただ一人。
桜町天皇崩御から大正天皇まで、なんと約二百年間、皇位の継承は不安定であり続けてきたのだ。
その間、「皇室を守りたい」と願う人々が知恵を出し努力し続け、その意思が奇跡のように勝ち続けてきただけである。どこにも皇室が続くなどと言う保証はなかったにも拘わらず。
「悠仁殿下に側室を」との矯激な主張
一部に「悠仁殿下に側室を」との矯激な主張がある。これには、無理矢理反対しないが、積極的に賛成もしない。
むしろ私が皇室を滅ぼしたい勢力の一員なら、笑いを嚙み殺す。まず、お妃探しをギリギリまでサボる。お妃が見つかれば女性週刊誌をたきつけてバッシングの餌食にする。そして、お世継ぎづくりができないほど、ご公務漬けにする。「国民は将来の天皇陛下、皇后陛下に来ていただきたいのだ。無くして良いご公務など無い」などと偽善をまき散らしながら。そこへ側室制度を導入して、国民と国際世論の反感を醸成。子供が生まれなかったら終了。
側室制度は昔は役に立ったこともあったが、絶対条件ではない。
与野党問わず、わかっている議員は口をそろえる。「我々は一時の民意を受けているにすぎない。本来ならば、皇室について語る資格があるのかも問われてしかるべきだ。ただ過去の日本人から受け継いでいた皇室を守るだけが仕事だ。未来の日本人に受け継いで、未来のことは未来の日本人に決めてもらう」と。
よく政治家の悪口を言って留飲を下げる向きがあるが、皇位継承問題に関しては「わかっていない世論に対し、わかっている政治家」の構図だ。この時代に、このように政治家が与野党ともに現れた奇跡。
日本は神の国だと実感する。
因習に縛られず、個人の自由に生きるよう躾けられている国民に、このような説教をしたところで、心に響かないし、肝心の皇族の配偶者を見付ける困難が軽減されることもありません。誰も幸福にしないこの制度、本当に止めましょう。
2/27(金) 19:46配信
週刊SPA!
https://news.yahoo.co.jp/articles/bf3934c6b5990d6a289764b6a18befaddf452c84?page=1
高市早苗首相は2月27日の衆院予算委員会で、皇位継承は「男系男子に限るのが適切」であり、「先送りできない喫緊の課題」との認識を示した。その姿勢を歓迎しつつ、「皇室の在り方を一時の民意や短絡的な多数決で決めてはならない。令和の今こそ、継承の問題を歴史と先例に照して慎重に議論すべきだ」と語るのは皇室史家の倉山満氏だ。女系天皇や側室導入といった制度設計がもたらす危険性を、歴史的事実と法思想の観点から検証し、皇室という国家の根幹をどう守るかを倉山満氏が寄稿してくれた――(以下、皇室史家・倉山満氏による寄稿)
皇室は「一時の多数決」で決めてはならない
高市早苗首相が、皇室典範改正に意欲的だそうだ。歓迎する。国会での与野党合意がまとまれば、早急に可能だろう。皇位継承問題では、「わかっていない世論」に対し、政界の大多数は大人の議論をしている。
一部の政党や政治家は「アンケートの結果で、次の天皇を決めよう」などと言い出している(選挙ですらない)。しかし、今や衆議院で5名強の、参議院でも15名強の超少数派が何を言おうが、「わかっていない人たち」の議論として白眼視されている。
馬の耳に念仏を唱えよう。選挙や議会での多数決に基づく近代法の前提は、「先例にとらわれず一時の多数で決めて良い。間違ったら、また変えれば良い」である。しかし、この原則は、どこの民主国でも修正されている。フランス革命の際、一回の投票で王様を処刑して取り返しがつかない悲劇が起きた。だから多数決一辺倒ではなく、慣習や先例などの不文法も尊重するのが文明国の法思想だ。たとえば、どこの国でも「少数派に一定の発言権を与える」が議会慣習である。成文法になっていようがいまいが、守られる原則だ。
その時点で合理的と思われることでも、間違っているかもしれない。だから歴史に学ぼうとの姿勢だ。今の多数派は、歴史の中では少数派にすぎない。この考え方を「死者の民主主義」と呼ぶ。未来の事はわからないから、歴史の中に先例を探す。
「女系天皇」という名の皇位簒奪計画
この「死者の民主主義」を最も体現しているのが、我が皇室である。皇室においては、先例を杓子定規に再現しない。考えなしに適用するなら成文法で宜しい。皇室においては、常に吉例を探す。吉例とは、伝統が続いてきた証である。一時の理性よりも歴史や伝統を尊重してきたから、皇室は続いてきた。
何も知らないで聞くと尤もらしい主張が、「側室無しで男系継承は続かないに決まっている。だから、今の内に制度設計をしておかねばならない」である。その制度が「女系天皇」だそうで。
この手の設計主義者が唱える「女系天皇」とは、女性皇族をパンピーの男と結婚させて、その子供を天皇にしようとの謀略である。要するに皇位簒奪計画にほかならない。パンピーの男を皇族にして誰でも天皇になれるようにして済むなら、苦労しない。
皇統保守派の中にも、「女性皇族の配偶者と子供を皇族にすると女系天皇につながる恐れがある」と勘違いしている人がいる。恐れがあるから問題なのではなくて、その時点で国体の毀損だから大問題なのだ。
女系にすれば続くという幻想
蘇我藤原の時代以来、如何なる権力者も、パンピーの男は一人も皇族になれなかった。女系派は「皇族と結婚したら女は皇族になれるのだから、男もなれない理屈はない」と軽く言ってくれるが、それをやったら日本の歴史の全否定になる。
では、女系天皇制にすれば、続くのか? 絶対に子供が生まれる技術はない。皇室が世襲を前提としている以上、皇位継承は常に不安定なのだ。
今までずっとそうだった。それでも続けてきた。これを続けたいか、続けたくないか。皇室の価値を理解しないで議論しようとするから、政界で相手にされないのである。
証拠を見せよう(※図)。誠仁親王が践祚寸前に急死しなければ、十四世連続父子継承できていた。長い皇室の歴史では、こういうこともあるのだ。この間、後陽成、後水尾、霊元、中御門の各天皇は、それぞれ25、34、32、14人の子宝に恵まれた。
しかし、桜町天皇から皇位継承は不安定になる。中御門天皇の直系は後桃園天皇で絶え、閑院宮家から東山天皇の曾孫の光格天皇を迎え、皇統は続いた。光格天皇は今の皇室の直系の祖である。その後も皇位の不安定継承が続き、二人以上の男の子が成長できたのは、光格天皇の玄孫の大正天皇まで待たねばならない。
歴史が証明する継承の不安定さ
繰り返すが、昔も今も、そして未来でも、絶対に子供が生まれる技術など無い。それでも神武天皇の伝説以来二千六百年以上続いたこの伝統を続けようと、その時代その時代で努力してきた。
側室は幼児死亡率が高い時代の産物にすぎない。多くの子宝に恵まれた時代もあったが、側室が何人いても子どもが生まれない天皇もいた。光格天皇は17人の子供に恵まれたが、20歳まで生きられたのが後継者の仁孝天皇ただ一人。
桜町天皇崩御から大正天皇まで、なんと約二百年間、皇位の継承は不安定であり続けてきたのだ。
その間、「皇室を守りたい」と願う人々が知恵を出し努力し続け、その意思が奇跡のように勝ち続けてきただけである。どこにも皇室が続くなどと言う保証はなかったにも拘わらず。
「悠仁殿下に側室を」との矯激な主張
一部に「悠仁殿下に側室を」との矯激な主張がある。これには、無理矢理反対しないが、積極的に賛成もしない。
むしろ私が皇室を滅ぼしたい勢力の一員なら、笑いを嚙み殺す。まず、お妃探しをギリギリまでサボる。お妃が見つかれば女性週刊誌をたきつけてバッシングの餌食にする。そして、お世継ぎづくりができないほど、ご公務漬けにする。「国民は将来の天皇陛下、皇后陛下に来ていただきたいのだ。無くして良いご公務など無い」などと偽善をまき散らしながら。そこへ側室制度を導入して、国民と国際世論の反感を醸成。子供が生まれなかったら終了。
側室制度は昔は役に立ったこともあったが、絶対条件ではない。
与野党問わず、わかっている議員は口をそろえる。「我々は一時の民意を受けているにすぎない。本来ならば、皇室について語る資格があるのかも問われてしかるべきだ。ただ過去の日本人から受け継いでいた皇室を守るだけが仕事だ。未来の日本人に受け継いで、未来のことは未来の日本人に決めてもらう」と。
よく政治家の悪口を言って留飲を下げる向きがあるが、皇位継承問題に関しては「わかっていない世論に対し、わかっている政治家」の構図だ。この時代に、このように政治家が与野党ともに現れた奇跡。
日本は神の国だと実感する。
因習に縛られず、個人の自由に生きるよう躾けられている国民に、このような説教をしたところで、心に響かないし、肝心の皇族の配偶者を見付ける困難が軽減されることもありません。誰も幸福にしないこの制度、本当に止めましょう。
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